こんにちは。

文章って、気持ちがノッた時に書ききらないとあかんなー、って反省しました笑。

 

わたしが思い出に浸りすぎて超絶前置きが長かったこの続き。

 

「おいど痛いて言うとんねん!!」① ー22年前の病棟にて、新卒の頃ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(photo by kirohy)

あの頃の病棟からの景色、こんな感じだった。

 

それは、わたしが働き始めて2か月ぐらいのころかなあ。

詰所からいちばん離れた415号室で、晩ごはんの食事介助に入ってる時だった。

 

数十分の間に、3人ぐらいの「自力で食べられない」じーちゃんばーちゃんにご飯を「食べさせる」仕事。

毎日交代で誰かがする「業務」だ。

 

その「業務」中のわたしの、その日何人目かの食事介助の相手が、西野さんっていうおじいちゃんだった。その当時で70歳ぐらい。

 

見舞いにくるご家族に会ったことはない。

入院は長期間に及んでおり、1つ下の階の療養型病棟に移ったり戻ったりしている人。

 

なかなか気分屋な西野さんは、口を開けたり開けなかったり。

コミュニケーションもあまりうまくとれず、20歳のわたしは西野さんにちょっと苦手意識があった。

 

 

その日、西野さんはぼそぼそと何か呟いていた。

何度も聞き取れなかったわたしは、恐る恐る、何度か聞き返していたのだった。

 

 

そして次の瞬間、西野さんは、

 

「おいど痛いて言うとんねん!!」

 

と、わたしにめっちゃデカい声で怒鳴り散らかしたのだ。

 

 

その瞬間、ボディーにバスっといかれた感じで、うっっとなった。

わたしからしたら、すごく急だったからビックリしたし、怖かったし、困り果てた。

 

それから、わたしは近くを通りかかった助手さんに助けを求めた。

そして初めて、

「おいど」が「お尻」だったこと、

西野さんがその日朝からお尻が痛くて円座を使っていたこと、

ご飯食べるために座位になった時に円座がずれていたこと、

を知ったのだった。

 

わたしにとってはこの「怒鳴られた」パンチは衝撃的で、その衝撃にとても凹んだ。

 

何にもわかってなかったんや、と愕然として、恥ずかしくてたまらなかった。

ただただ攻撃されたようにも感じて、もうものすごくしんどかった。

 

怒鳴られた瞬間、わたしはその時その場、目の前に居る西野さんなんて感じることができなくなり、自分の衝撃の渦だけに入りこんでうろたえてしまったのだ。

 

まだ若かったといえばそれまでだけれど、こんな結果はまちがいなく、自分が志していた仕事じゃないことだけはわかった。

 

当時のわたしは、自分の仕事が誰のどんなことに繋がって、どんなふうに影響を与えるかなんてまったく考えが及んでいなかったし、感じている自分の気持ちを受け止めて表現できるなんて知らなかった。

相手の気持ちを大切にしたいなんて思いながらも、どうすればそれができるのか、まったく知らなかった。

 

 

あの瞬間、西野さんが叫びたかったのは多分、「おいどが痛かった」ことだけではなかっただろうに。

 

 

この日のことが、22年経った今でも心に残っている。

 

結局わたしは、この後その病棟で1年ちょっと働き、西野さん含め、たくさんの長期入院の患者さんとたくさん関わる時間ができ、安心して話したり笑ったりするようになって、可愛がられる最年少職員になった。

ご本人やそのご家族のバックボーンみたいなことに触れる機会もたくさんあって、それはそれで「仕事できてる感」もあった。

 

 

でも、やっぱり心に残っている思いは懺悔が大きいのだ。

 

もしもわたしが、西野さんが怒鳴り散らかした時、その言葉の奥にある背景や思いや気持ちを感じられる人間だったなら、この場面をもっと違ったふうに生きられただろう。

 

自分の気持ちに気づいて伝え、

西野さんの苛立ちや怒りや寂しさや、それ以外のもっとたくさんあった気持ち、そこに至った出来事や価値観や、西野さんを創り彩ってきた様々なことに触れられていたら、

この日が何かの歯車を動かす起点になったかもしれない。

 

医療や福祉や教育になぜだか心惹かれ、携わる人たちの心の奥にはきっと、「人の想いと触れあいたい」という強い想いがある場合が多いのではないだろうか。

だから人間相手の仕事を志したのではない?

 

けれど、多くの現場は、目の前の相手とゆーっくり対話することをゆるしてはくれない。

または、時間はあっても人の気持ちにふれるやり方がわからなくて持て余し困ってしまう。

 

現状を非難したいわけでは決してないが、人が安心して健康に自分を生きるために医療も福祉も教育もあるのだとしたら、その目的はまったく果たせてはいない。

今日書いたことは22年前の話だけれど、わたしが知る限り、現在もそんなに変わらない現場は多いと感じる。

 

 

だから、「こんなはずじゃなかった感」が強い人ほど、どんどん、今の医療・福祉・教育の現場で雇われることができなくなってくる。

パワーがある人は、理想を叶えるために自分で独立したりする。

そうじゃない人は、始めの志を小さくさせて、別の仕事をしたり。

「こんなもんか」と自分を納得させて現場に留まっている人もいるだろう。

 

そのすべて、善い悪い、正しい間違っている、なんて言いたいわけではない。

 

ただ、

 

わたしの志した医療ってこんなことなんよ

生きるって、福祉ってこんなことじゃない?

こんな教育環境が子どもたちにあるといいと思うんだよね~

 

なんて、こんなおしゃべりを、医療や福祉や教育の従事者=生身の人間に関わる人たちが、心の底から安心してできるような時と場を、やっぱりつくりたいね。

 

自分の話も心ゆくまでしたり、相手の話も「へー、そんなきっかけや想いがあったんだね」なんて聴けるような。

移り変わる気持ちを受け止め合えるような。

 

人は、受け止められると心に余白が生まれる。

余白に、明日を生きる希望が湧く。

 

西野さんももしかしたら、ただそんなことを望んでいたのかもしれない。

今世終えてから、今どうしてるかなー!

いつかまた、会って話したい。

 

そう思うと、今生きている人とは、やっぱり日々伝えあって生きていきたい。

 

 

 

 

◎人の気持ちに触れる仕事に想いを残してる看護師さんたちへ◎

 

未来区には、

「ツムグナース緒方麻美」

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という人間がいます。

彼女も看護師として観てきた現場に葛藤を抱えてきた人です。

彼女が「人が人として扱われてないことが我慢ならない!」と泣きながら訴えた時、

彼女のもとに似たような思いを持つナースがたくさん集まりますようにと胸を熱くしました。

 

6月から毎週金曜日、直方・囲炉裏にいますので、ぜひ彼女とあれこれおしゃべりにお越しください。

 

 

また、

八女市には「アイツムグ」という会社を立ち上げた「西岡可奈」というナースもいます。

彼女もまた、過去の自分の、看護師としての仕事に懺悔している人。

今はなんともドンとしていて、この人の前ではうっかり色々しゃべってしまうような人です。

囲炉裏で行う「ココロオドルカラダヨロコブ健康マルシェ」に毎回居ますので、

彼女に健康相談や足つぼ施術されにゆっくり遊びにいらしてください。

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以上。

今日はおしまい!

また会いましょう。