先週、身体のデトックスをしたら、予想以上に早く濃く好転反応がでて、その日のうちに熱が上がり始めてそれから丸2日半40℃の熱で朦朧とするということがあった。

こんなコロナコロナの時に熱発したって、ちょっと言いづらかったけど。

 

その朦朧としてた時はただただ、自分の身体がちょっとでも楽な体勢を探りながら眠って時間を過ごしていた。

それで徐々に熱が下がり始めた時、すごく久しぶりに舞い降りてきた記憶がいくつかあったのだ。

 

それが、このタイトルの一言。

忘れもしないが、久しぶりにその引き出しが開いた。

 

わたしが社会福祉科の短大を出て新卒で就職した病院の、西4階病棟の415号室で放たれた、西野さんの一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいど痛いて言うとんねん!!」

 

そう言われたのは、何月ぐらいだったかなあ。

何言われてるのか意味もわからず、はっきりも聞こえず。

びっくりして、怖くて、困って、縮み上がったのを覚えている。

 

 

わたしはもともと自分の幼少期の影響もあって、当時まだ新しかった「医療ソーシャルワーカー」という仕事に就きたいと考えていた。しかも小児科の。

 

早く社会=現場に出たかったわたしは、社会福祉科のある4年制大学の短期大学部に入り、医療福祉のゼミに入って、よく学びよく遊んだ。

 

卒業前、やっとのことで滑り込んだ就職先は、大阪市内の三流病院(ごめん笑)の、小児科も受け入れる内科病棟だった。

 

20歳のことだ。

 

そこでのわたしの仕事は、病棟クラークのようなことや、患者さんの食事・入浴・排泄の介助やベッドメイクなどを助手さんたちとしながら、入院してくる子どもたちの相談受付見習いのような仕事。

医療行為と医療事務以外のなんでもやさんみたいなポジションだった。

 

 

急性期の病棟というのは、基本的に忙しい時が多い。

何度もいって申し訳ないけれどここは20年以上前の三流病院!笑

毎日クソ忙しいのに、新入りなんかに誰かが仕事を教えてくれるなんてことはまったくない。

オリエンテーションなんていう言葉はここには存在しない。

 

 

周りはたくさんの看護師さんたち、看護助手さんたち、病棟専属の医事課の人、回診にくるドクター、検査室の人たち・‥‥。

みんなめっちゃ気が強そう。

テキパキテキパキ。

次から次へと業務をこなす。

 

患者さんと立ち止まって話でもしようもんなら、ちょっとイヤミ言われる。

 

あぁ…もう、めっちゃイヤやなぁー。。。

 

わたしにとって病院は小さいころから慣れ親しんだ場所だったけれど、仕事となると、全貌をつかむまではとても大変だった。

仕事はていねいに教えてはもらえないが、テキパキ仕事できなければ超絶お荷物扱いだし、一生一人前扱いされない、そんな職場に思えていた。(のちに事実もみえるんやけどね)

 

 

マジ毎日泣きそうだった。

不安、戸惑い、みじめのオンパレード。

 

 

入職して1か月後には逃げようかと思って職探しもしたけれど、どういうわけか20歳のわたしは、そこからマジメに働き始めた。

あの時持ちこたえて本当-----によかった、とここの部分は自画自賛だ笑。

そこで逃げてたら見えなかった景色がたくさんあったから。

 

 

教えてもらえない仕事は、自分でやるしかない。

そこからはもう必死だ。

 

飛び交う専門用語はちんぷんかんぷん。

頼まれたその仕事は、何のために、何に繋がるのかなんてだーれも教えてくれはしないし、そんなのんきな質問ができるような雰囲気はみじんもない。(moon的にはツラいよね~)

今みたいにインターネットで何でも調べられる時代でも、まだなかったし。

めっちゃ鍛えられた。

 

 

日々のわからなかったことは、行き帰りの電車で看護学辞典や薬辞典で解明。

周りの人をよーく観察して、病棟に1人ずつ「味方」を増やしていった笑。

癒しはたまに勤務に入る、パートの看護師さんたちだったな。

 

 

が、人が懸命だと不思議とちゃんと人に伝わるもので、だんだん話せる人が増えてきた。

同僚も、患者さんも。

「よく働く若者だ」と認められると、1人の人間として扱われることとなる。

(いや、だからそういう主観ね☝)

あんなに恐怖だった職場は、だんだんわたしの大好きな場所になり、わたしはスポンジのようにたくさん吸収し、業務をこなし自由に振る舞えるようになっていった。

 

 

 

ああ、思い出に浸って本題を忘れかけていた!

 

そう、そんな若造のわたしに西野さんが「おいど痛いて言うとんねん!!」と怒鳴りつけたのは、あれはたしか、就職してまだ2~3か月目だったような気がする。

 

未熟で自分のことがいちばんな、でもデカい理想だけはあった頃。

 

 

病院ってどんなとこ?

医療って何のため?

福祉って何??

 

わたしがすごく久しぶりにこの「新卒の頃の思い出引き出し」に触れたのは、この問題に真剣に取り組む時がやってきたサインなのかもしれない。

 

 

長くなった。

次に続いてみよう☞