(photo by ヒロキヤマダ)

 

通知表ってなんだ?学力ってなんだ?

 

2学期の終業式の日にわなわなと憤ったこと。

 

『通知表』なんていうものは、その年たまたま担任になった先生という役割を担っている人、一個人の主観だと思うのだ。

そして通知表というのはそもそも、学校での「学力」を家庭に伝えるもの。

 

では、「学力」ってそもそも何だろう。

 

「学力」とは、

「学校などにおける系統的な教育を通じて獲得した能力。教科内容を正しく理解し、それを知識として身につけ、その知識を応用して新しいものを創造する力。」(三省堂・大辞林より)

 

「学力」とは、

「学校教育によって系統的に伝達され、習得される知識・技能を中心として、子供のなかに形成される人間的能力のことをいう。すべての子供に人間的な人格発達を保証するような学力を形成していくことが、学校教育の課題である。」(日本大百科全書より)

 

 

「学力」という言葉の本来の意味はとても腑に落ちる。

 

教科内容を正しく理解し、それを知識として身につけ、その知識を応用して新しいものを創造する力。

 

子どものなかに形成される人間的能力のこと。

 

すべての子どもに人間的な人格発達を保証するような力。

 


(photo by ヒロキヤマダ)

 

大切にしたいのは何?

 

ここで親であるみなさんに問いたい。

さて、あなたのお子さんがあなたに見せる通知表は、ほんとうにわが子の「学力」を記したものだろうか?

 

通知表が悪かったから塾に行かせる?

5が少ない、2のとこもっと頑張れるんちゃうんって?

 

ほんとうにそう?

心の底からそう思ってる??

 

新年早々、ちょっと暴言吐きます。ごめんね。

 

 

 

私はいつもとても腹が立っている。

わが子が大切と言いながら、誰かの評価を鵜呑みにし、誰かがつくった指針にあてはまらないと不安だの腹が立つだのいう親がたくさんいることに。

 

その、

目の前にある子どもの生の姿に目が向かないのはなんで?

その瞬間のその子の歓びや好奇心に一緒に心躍らないのはなんでだ?

今その瞬間にある出来事を感じて共に味わうだけで未来は大きく変わるのに。

 

それこそが、子どもたちの人間的能力を形成するというのに。

 

学校や先生をただ責めるつもりは全くない。

けれど、「学力」の意味をはき違えている大人の多さに、私はめっちゃムカついている。

 

子どもが人間として芽を出して根を這っていくぐんぐん育っていくこのめっちゃ大事な分かれ道、あかんほう選んでることのなんと多いことか。

 

頼むからつぶすな。頼むから摘むな。

 

ちゃんとその子自身が輝いてたとこあったのに、

お前たちの目も心も節穴かボケ。

 

って暴言吐きたくなるほど、

子どものある一部分だけしか観られない認められない教育がもう、

私はほんとに我慢ならないのだ。

 


(photo by ヒロキヤマダ)

 

親として大人として、弁明と決意と。

 

けれど、めっちゃ怒り狂っているのだけれど、

そこからちょっと後ろに下がって見渡したら、そんな大人たちだって、自分の灯みたいなの摘まれてきてるんだから、みんながそのやり方しか知らないのは理解できる。しょうがないとこあると思う。

 

私たち大人だって「子ども」だったのだ。

芽を摘まれ、根を切られ、本来咲かせたかった花を咲かせられないまま大人になってしまったその不満足を持ちながら、わが子が自由に芽吹いて伸びるのをただ歓びながら見守るのは、そりゃー難しい。

 

 

子どものころ心に灯った灯をちゃんと受け止められてた親になった人間は、子どもの灯にザッバン水かけて消し去ってそのうえ踏みにじるような人はいない気がする。(Chiepedia調べ)

 

わが子のしあわせを願いながら、みんなちがってみんないいと言いながら、でも今自分の目に映る子どもたちの姿を信じることができない。

 

 

自分への不満足や不信、それを子どもに向かわせて、

その自由を管理したり制限するのは、もうやめよう。

自分の心のとおりに生きられない苦を、

子どもたちの世代に継承するのはもう、

心底やめたいのだ。

 

私はもう我慢ができない。

 

 

愛する、信じるってどんなことやったっけ、って立ち止まって考えたりする間もないまま、

自分の想うとおりに生きてこなかった人が、他人の、子どもの人生に文句つけたくなる。自由な人の邪魔をしたくなる。

自分の想うとおりに生きてないときに、自由にやってる人に八つ当たりしたくなる。

私は自分自身もそんなときがあるよ。

 

 


 

それで結局たどり着くところは・・・

 

私はみてみたい。

 

人がみんな、

なーんにもしがらみや条件にとらわれなくなったら、

人が命を芽吹かせてからどんなふうに伸びて

どんな花を咲かせどんな実をつけるのか。

 

 

そんな人たちばっかりになったら、どんな世界になるだろうか。

その景色が、あなたも観てみたくはない???

 

それが、私が心を惹かれる天下太平であり万民和楽。

この未来区という場で叶えたいビジョンだ。

 

 

結局子どもたちのために私たちができることは、

お世話をしたり何かのレールに乗せることではない。

私たち自身が自分をとことん生きることしかできないのだ。

 

それこそが、未来を担う彼らがいつでもどこでも誰とでも、心のとおりに遊び、試し、関わり、歓び悲しみ苦しみながら自分らしく成長し、自分だけの花を咲かせ実をつけるのを、見守り応援する最大で最短の力になるはずだ。

 


 

だから創りました、未来区。

だから創りました、コミュニティスクールJINEN。

 

2020年4月、コミュニティスクール自然~JINEN~を開校します!